星月夜 とりとめもなく 綴るなり

のんびりとひとりごと

「夏物語」を読みました。

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川上未映子さんの「夏物語」を読みました。

川上さんの小説は「乳と卵」をたぶん7~8年前に、村上春樹さんとの共著「みみずくは黄昏に飛び立つ」を2~3年前に読んでいます。

以下ネタバレありです。

 

さて今回の「夏物語」。

大きく第一部と第二部に分かれていて、大まかに言うと第一部は主人公夏子のこれまでの人生についてと姉、姪との交流が描かれ、第二部はその8年後の夏子の現状と未来について、そしてAIDという子供の産み方について描かれています。

第一部はとにかく貧しくて苦労するとはどういうことか、シングルマザーの大変さ(大変さと一言で済ますのはどうかと思ったが今他に言葉が見つからないので)がテーマになっていると思いました。夏子とその姉巻子はの母は夏子が13歳くらいの時に働きづめで亡くなってしまう。残された姉妹も高校生のころから働き、巻子は緑子という娘を生んで母と同じシングルマザーとして生きている。巻子はスナックで働いてガリガリに痩せて顔も年齢より大分老けて見え、娘の緑子は反抗期。でも貧しいながらも姉妹と姪と3人、なんのかんの言いながら仲がいい。それが救いというか、それさえあれば頑張れるというか。大事なことは失ってない。そういう事が幸せってことなのかな。大阪が舞台で会話がすべて大阪弁。川上さんも大阪の方だからか漫才みたいな笑ってしまうところもあり、会話文以外は標準語なのにイントネーションを大阪弁で読んでしまってそういうのも楽しかったです。

第二部はいよいよ夏子自身の人生について。夏子は小説家を目指し東京で暮らしている。38歳独身。子供をこのまま持たないでいいのかと悩んでいる。

昔のバイト仲間の紺野さんの話が印象的だった。紺野さんの母は暴君な夫にDVを受けながら義両親の介護までした人で紺野さんはそんな母が嫌いだったのに、自分も夫がうつになり夫の両親に金銭的に面倒見てもらっていて最後は介護までするんだろう、自分も母と同じなんだと。みんな幸せそうに見えるけど、案外そういう人は多いのかもしれないと思った。

それから作家の友達の遊佐の話もおもしろかった。遊佐も離婚してシングルマザー。結婚生活について、他人との生活はそれぞれの作ってきたディテールの衝突で成り立っていてそれの緩衝財としての信頼が必要だ。それと恋愛感情と。どっちもなくなったら嫌悪しか残らないと。私は結婚したことがないので参考になったけれど、信頼ってどういうことか、どうすれば育めるのかがよくわからない。信頼できるなあって思える人と結婚するべきなの?

夏子はAIDという精子提供を受けて子供を産むことを考え始める。ただこの方法で生まれた人は自分の出自について、父親が誰かわからないということにものすごく苦しむらしいということも分かってくる。逢沢さんという男性もそのひとり。夏子は自分がどうしてそこまでして子供が欲しいのかがだんだん分からなくなってくる。

私はAIDで生まれた人の気持ちをわかるはずもないけれど、もしかして傷つけるかもしれないことを覚悟して書かせてもらうならば、もし私がそのような方法で生まれたと今知ったとしたら嬉しいかもしれないと思った。なぜならば父親が嫌いだから。母に長年DVで今でも家の中で威張って支配したがる人間だから。そういう暴力的な血が自分にも流れているのが私はすごく嫌で、だからあの人が実の父親ではないと知ったら喜ばしいと思うかもしれないと思う。私は女性で良かったとほんとに思ってる。男性だとDVって引き継がれる率が高いってDVの研究している人が言ってた。

さて善百合子という人物。この人も本当の父親がだれかわからない人でこの人の話が一番重いけど核心をついている。百合子は育ての父親に幼い時から性的虐待を受け続け、父親の知りあいの何人もからもレイプされて育つ。百合子は生まれてきたことを後悔していて、子供を産むということは親のエゴだと思っている。確かにそうかもしれないなとハッとさせられた。私も独身で子供がおらずそのことが悲しいと思うこともあった反面、先に書いたように父親の暴力を前にしたときには生まれてきたくなかったと思ったことも何度もあるので。

夏子は悩んだ末、逢沢さんの精子提供を受けて子供を産む決心をする。これを聞いた百合子の言葉が重い。「逢沢は生まれてきたことを良かったと思っているから」。この言葉につきますね、なぜ子供を産むのかという問いに対する答え。生まれてきてよかったとかって普段あまり意識していないことかもしれないけど、それが無意識に生きる原動力になっているのかもしれないな。ということは私は子供を産まなくてよかったのかな。どうかな。生まれてきたくなかったとずっと思っているわけではないし、子供を持たなかったということをもう大分乗り越えてはいるけれど。

AIDという方法がいい事なのかどうなのかは書かれていないし答えは出ないですね。でもたぶん誰の子供かという事よりは、その後どう育ったか、どう生きたかということが重要なのかなと思った。逢沢さんも育ての父親に感謝しているようだったし。

編集者で夏子に才能があるから小説を書きましょうといってくれる仙川さんが癌で亡くなってしまう。これがよくわからかなったかな。どうして死なせる必要があったのか。せっかくの理解者だったのに。AIDに反対だったからなのか。

まあでもとにかく力作で川上さんの熱量を感じました。川上さんはお子さんがいらっしゃるのにここまで子供を持つという事、産むということの意味を考え続けるのはどうしてなのかな。命というものの根源的なことを突き詰めたということなのでしょうか。

読んでいて何度も泣きました。こういう読書は久しぶりです。いろいろ考えることができたし読んでよかったです。ありがとうございました。