星月夜 とりとめもなく 綴るなり

のんびりとひとりごと

「永遠の門 ゴッホの見た未来」を観ました。

ジュリアン・シュナーベル監督の「永遠の門 ゴッホの見た未来」を観ました。

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 何年も前になりますが、大阪でゴッホ展を観に行きました。ググったら2005年のようです。回顧展とまでではなかったかもしれないですが初期から晩年までわりとそろっていて、また浮世絵もあったと記憶しています。特に浮世絵はたくさんの人が見入っていました。

ゴッホの絵をちゃんと観たのはそれが初めてだったと思います。耳を自分で切り取って自殺した人という一般によく知られているようなゴッホ像しか知らなかったのですが、いろんな画家の絵を何枚も何枚も模写したり浮世絵まで描いているのを観ているうちに、なんてまじめで純粋なんだろう、まるで少年のような人だと思い、ゴッホを好きになりました。何枚か絵を見るとその人の性格もなんとなく想像できるものなんですね。画家自身が投影される。私は絵と人物とを含めて好きになるタイプのようです。

探してみたらその時のチラシが出てきました。我ながらびっくり。それほど心に響いたのね。

この映画の中のゴッホもその時の印象通りの人でした。不器用で人とうまく付き合えない。子供相手に本気で怒る。もっと適当に流せばいいのにな。でもそれができないのがゴッホなんだ。とても無防備。

世の中にうまく対応していくにはある程度客観的でなければいけないけど、ゴッホはすごく主観的です。全身で世界の理不尽を受けてしまう。対してゴーギャンはとても客観的な人だと思いました。絵にも表れているようで、とても整然としていて静かな感じ。ゴッホは絵も情熱的です。なのでゴッホゴーギャンを慕っていたのがちょっと不思議だった。そりゃあ合わないよ。水と油ですよね。

純粋なまま生きるってことはとても困難な事なんですね。それを見せつけられて辛かったです。辛い辛いって映画の中のゴッホも言っているようでした。世界とどうしてもわかりあえない。それがなぜなのかゴッホには理解できなくて、わかりあおうと努力してるのにやっぱりわかりあえない。見ててほんとに辛かった。

そんなゴッホだけどアルルの風景を愛してたんですね。世界に指をさされても世界を愛そうとしたのは純粋だからでしょうか。心が綺麗だから。描いているときだけ現実から離れて自分らしくいられたんだ。そういう人にしか見えないものがあるのかもしれない。

ゴッホは画家になる前は聖職者になりたかったそうです。絵を描きながら神様と会話していたようにも見えた。世間とはうまくいかなかったけれど、それと引き換えに神様に愛されて絵の才能を与えられたかのかも。

何のために生きるのかという問いをみんな一度は考えて、でも答えは出ないままなものなのかもしれないけど、ゴッホの場合は描くことが生きることそのものだったと思った。描くために生きている。

ゴッホの人生は確かに苦しみに満ちていたかもしれないけれど、絵を描くことにそこまで夢中になって打ち込むことができたのは幸せなことですよね。ゴッホが絵を描いているのを想像するととても楽しそうです。それを見つけられる人はそんなにたくさんはいないと思う。幸せな人だったと思います。

かくいう私も人付き合いが苦手で自然が好きなのでとても親近感が湧きます。このブログのタイトルと同じ『星月夜』という絵があるのも嬉しい。まったくの偶然なのですが。

映画の中でピアノがずっと鳴っていて、ピアノの生の音がゴッホのむき出しの魂に合っていると思いました。深刻さを物語ってた。

恵比寿ガーデンシネマで観たのですが、良い感じの映画館ですね。大阪にも以前に梅田ガーデンシネマがあって毎月のように行っていたのに無くなってしまいました。さみしいです。

ますますゴッホが好きになってアルルにも行きたくなりました。オランダのゴッホ美術館にも行ってみたいです。夢ができてうれしいです。